ある夜の何気ない日常 [桐音のコト]



――――――!?

布団から跳ね起きる。
鼓動が速い。

どうやら何か夢を見ていたようだ。
覚醒とともに夢の内容は急速に失われつつあるが、印象はハッキリと残っている。

――――――懐かしい夢を見た。

周りは夜の闇に包まれている。
窓から漏れているのはほんの一欠けの月明かり。
枕もとの時計に手を伸ばせば、3時を少し回ったところだった。

こんな時間に起きるのは久しぶりだ――――――

少しかぶりを振って夢の残滓を払いのける。
いつもならばそんなことをせずに、布団を被りなおして眠りにつくのだが、今夜は少し気分転換が必要だった。


懐かしい夢というのは、よい夢ばかりではない。


その証拠に私の手はじっとりとした汗で濡れていたし、鼓動は不安と焦燥でまだ早鐘を鳴らしている。

どんな夢を見たのか、大体見当はついていた。
ただ、それを探るようなことはしない。
そんなことをすれば、また夢の続きに引きずり込まれそうで……私はぴしゃりと頬を打った。

「オレンジジュース、確か残ってたわね……」

思い足取りでベッドから降りると、冷蔵庫からキンキンに冷えたオレンジジュースを取り出した。
少し頭に響くが、一気に飲み干す。
よく冷えたオレンジジュースは、熱とともに私の不安も取り去ってくれた。

「ふぅ……」

一息ついた私はベッドに腰を下ろし、カーテンをそっと開いた。
目に飛び込んでくるのは真夜中でも決して消えることのない人の光。
少し眩しくて目をそむけると、逃げた視線の先には月があった。
気付かなかった……今夜は満月だったんだ。

月の柔らかな光に包まれて、私はまたも懐かしいものを感じた。
ただし、今度の懐かしさは決して不快なものではなく……

見上げる月に誰かの気配を感じながら
私は安らかな眠りに落ちた。



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