ある日の昼下がり [桐音のコト]


よく晴れたある日のこと。
私は久し振りに街に買い物に出てきていた。
こんな平日の昼間から、ここ横浜をぶらぶらできるのは大学生の特権だろう。
今日は授業をとっていないし、鍛治仕事もお休みなので、息抜きがてら洋服などを見に来たのだった。
だというのに…… 

「……平日だっていうのに結構な人ね」

行き交う人の多さに少し眩暈を感じながら―――それでも休日よりは遥かに少ないのだが―――私は少し遅い昼食をとるべく、中華街を歩いていたのだった。

「豚まんかあんまんか、問題はそこね……」

人ごみに中てられたのか、半ば真剣にどうでもいいことを考えながら視線を巡らせると、私の真横を信じられない影が通った。


「あ……あねさま?」

私と同じ真っ白の髪、炎のような深紅の瞳、スラリと長い手足、どこか浮世離れした目鼻立ち……
真横を通り過ぎたその少女は、私の記憶にあった姉の面影にそっくりで……私は思わず声をかけてしまっていた。

「?」

呼び止められた少女はこちらを振り返り……一瞬だけ驚いたような顔をした後、ふわりと笑い、言った。

「何か用かな?見たところあんたは私より年上で、私の方は自分より年上の妹を持った覚えはないよ」

……言われてみればその通りで、よくよく見ると顔立ちなどは私より少し若そうだ。
声は覚えていないけれど、話し方は全然違う気がする。
それに何より……大きい。
同性を見上げるのは久しぶりだ。180cm以上あるのだろう。
少なくとも姉様はそこまで大きくなかったはずだ。
でも、似すぎている、と思う、のだが……

「ぁ……そうね、ごめんなさい。ちょっと雰囲気が似ていたものだから……」

急に自信がなくなり、慌てて取り繕う。
目を伏せた拍子に彼女の来ている服が目に入った。

「その制服……あなた銀誓館の生徒なのね。私、そこのOGなのよ。キャンパスはどこ?」

ちょっと焦ってしまった。何かをごまかすように一気にまくしたてる私……はぁ、何やってるんだろう。
そんな私の心境に気付いているのかいないのか、どちらとも取れないまま彼女はマイペースに答えてくれた。

「へぇ、先輩だったのか。これは失礼。えーっと、何て言ったかな……一縷樹キャンパス、だったかな。転入したてで良くわからないんだ。」

全く失礼と思っていないような言葉遣いで彼女はそう言うと、自分の生徒手帳を出した。
どうやら自分の答えが正しいかどうか確認しているようだ。
うんうんと満足そうに頷いているところを見ると、合っていたのだろう。
そしてそんな彼女に対し、私は一つの確信を得ていた。
そう、彼女も能力者なのだ、と。
今さらだが、彼女が発する気配が尋常ではない。
さらに最近転入したというキーワードと、彼女の持つ雰囲気が一つのジョブを連想させた。

「ねぇ……もしかしてあなた、ルナエンプレス?」

突然の問いかけに対し、特に驚いた風もなく頷くと彼女は言った。

「ああ、やっぱりお仲間か。そういうあんたは貴種さんかな?」

「……驚いたわね……正解よ。どうして分かったの?」

返された言葉に私の方が驚いてしまった。
どんなジョブかなんて本来は見てわかるようなものではないはずだ。
ましてや私が当てた時のようにヒントがあったわけでもないし……

「ふふ、なんとなくさ。顔に出るんだよ、特に昔泣き虫だったような奴は大体貴種さ」

なんて失礼な物言いだろう。
でも私の場合は間違っていない。昔は本当に泣き虫だったのだ。
それに……何故か彼女にそう言われても腹立たしくはならなかった。

「全く……あまり人をからかうものではないわよ。ところであなた、この時間はまだ授業よね?何故ここにいるのかしら?」

「ん?……あはは、ほら、何て言うかなー……あはは」

ちょっとした仕返しのつもりでチクッと言ってやると、彼女はあからさまに狼狽した。
やはりサボりのようだ。

「ちゃんと授業を受けなさいよ。うちの学校は先生よりも卒業生の方が怖いって知ってた?」

ここぞとばかりにジト目でたたみかける。
ふふ、いじめてあげましょう。

「あー、そうそう!これから戻るところだったんだよ!いやー、ちょっと用事があってね。それじゃね、先輩。縁があったら教室で会おう!」

言うなり彼女は踵を返してさっさと走り出した。

 「ちょっ……待ちなさい!」

超ロングの髪がふわりと翻る。
私の制止も聞かずにさっさと人ごみの中に紛れ込んで行く彼女。
その姿を追うこともできずに私は立ちつくしてしまった。

残念、逃げられた―――普段ならそう思うはずだ。
しかし私は全く別のことに心を奪われていた。
翻った彼女の髪が私の鼻先をかすめた瞬間に感じたのは……懐かしさだった。

(……あねさまと、おなじにおい……)

気付いた時には既に遅く……彼女の姿を見つけることはもう叶わなくなっていた。
頭では違うって言うのはわかってるんだけどね……
もういいや。とりあえず、帰って寝よう。

(ああ、しまったな……名前、聞きそびれた)

そんな後悔のまま家路につく私。
まぁ、能力者ならそのうちにまた会えるはずだ。
久しぶりに一縷樹キャンパスに遊びに行ってもいい。

そうして家に帰った私は―――自分のおなかの鳴る音でさらに後悔するのだった……


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